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母親の存在と新時代をもたらす宗教


 

 時代を動かす思想や宗教運動がどのようにして、現れ、そして、国や社会、世界を動かすような潮流になっていくのだろうか。

 新しい潮流が生まれる前には、先代の牢固とした思想や宗教の壁が存在する。それをどのように超えたり変えたりしていくことができるのか。

 スムーズに移行するということはあり得ない。

 もちろん、その変革は、時には戦争となり争いとなり、そして、血をもって抗争することでなされることが多い。

 なぜなら、先例や伝統というのは、人間にとっても、そのままの生活を維持し、安定した生活をもたらしてくれる要素であり、基本的に人は保守的な生活や思想を変えることを喜ばない。

 特に、社会の高位の階層を占める支配者階級などは、新しい思想宗教が導入されれば、自分の地位を脅かされるという恐怖感を持つ。

 それで、既存の支配階級は、これまでの守旧的な思想・宗教を擁護し、変革を好まないし、時には弾圧によってそれを潰そうとする。

 基本的に時代の変革、新潮流の背景には、そのような闘争と確執などがあり、その果てに生まれてくる。

 現在、世界を動かしている宗教思想、仏教、キリスト教、イスラム教などは、その拡大そのものが闘争と角逐の歴史であったと言っていいだろう。

 どうしても、国家の背景をもたなければ世界化はされないし、そのためには、国家の利害と折り合いをつけ、時には、その国家の先兵的な働きをして、政治の道具となって侵略を働くこともある。

 キリスト教国家のスペインの大航海時代に、南米を侵略した先兵としてキリスト教があったことは間違いない。

 それは何もキリスト教だけではなく、イスラム教、仏教においても変わらない。

 イスラム教の「右手にコーラン、左手に剣」という合言葉(これは異説もある)は、布教と武器による戦いが車の両輪であったことを示している。

 仏教においても、その布教の拡大は仏教王国による既存のヒンズー教などの国家の討伐から成立したのであり、穏やかな布教というのは、ほとんどないといっていいほど、既存の秩序への挑戦と破壊、そして、その勝利によって生まれた。

 その意味では、新潮流を生み出す原動力になっている新思想運動や宗教運動は、どうしても、発生から成長期、拡大期というプロセスをたどる過程で、国家権力との連携、あるいは護教的な立ち位置を取ることになる。

 そうでなければ、その思想・宗教運動は成長できず、途中で歴史の中に消えていく運命にある。

 その点で、現在の世界を動かしている宗教・思想は、歴史の勝者であり、数多くの血の代価を支払ってきたということができる。

 日本においても、それは変わらない。

 日本において、主流宗教といえるのは、神道・仏教ということができるだろう。

 その神道にしても、神話を読むと、ただ何もなく発展してきたのではなく、アマテラス大神を奉ずる天孫族による、既存の土着民、ネイティブの人々を征服することで支配してきた背景から来ている。

 とはいえ、神道については、歴史的な史料が乏しいので(古事記や日本書紀)、具体的な歴史的事実としてとらえることは控えたい。

 ただ、神道に統一されるまでの日本列島には、それ以前の古き神々が存在したことは間違いなく、それは歴史書には記されていないが、かろうじて、土着の神々として、名を変え、あるいは新興の渡来系の神々と融合して歴史の影になって隠されてきたことは言えるだろう。

 八百万の神々が一つ名ではなく、その他の名前を持っているのは、そうした滅ぼされた神々を吸収してきたということでもある。

 その意味で、外来の宗教である仏教が日本の風土に根付く前には、既存の宗教・神道との戦いがあったことは、考えるまでもない。

 それが物部氏と蘇我氏による戦争であり、両者は神道と仏教を報じて、戦ったのであるが、それはもちろん、政治的な利害を含んだ政治闘争でもあった。

 特に、現在のような政治と宗教が分離した時代ではない、古代では宗教戦争はそのまま政治戦争、どちらが政治権力を握るかの戦いであった。

 この帰趨は、仏教の勝利に終わったのだが、このように仏教が勝利した背景には、新宗教であった仏教の新技術、渡来人による介入、あるい新技術など、物部氏のもつポテンシャルを超える外来の文明思想と技術があったのである。

 そして、このように仏教が日本の政治に影響を与えるほど巨大な勢力になっていった背景には、朝廷の中心だった天皇家に、仏教思想が浸透していた事実を忘れるわけにはいかない。

 最初に、仏教の仏像を朝議にもちだし、その像を信仰したいとしたのは、おぼろげな記憶によれば、欽明天皇である。

 欽明天皇は、金箔をほどこされたキラキラ光る仏像を朕(ちん=自分)も拝みたいが、どうかと下問したが、臣下の反対にあって取り下げた。

 欽明天皇が仏像を、すなわち仏教に帰依したいと述べたのは、おそらく政治的な意図(既存の豪族の力関係を崩し天皇親政という意図)があったと思われるが、おそらくそれだけではなく、仏教への信仰、新しい時代を切り開く体制をそこに求めたのではないか。

 既存の体制を形作っている神道を中心とした政治体制は、日本国家内部ではある程度の制御力をもっているが、欽明天皇時代の東アジア情勢の中では、おそらく海外勢力との戦いでは求心力に欠け、しかも、内部崩壊をもたらしかねない。

 ならば、仏教によって国家体制を一新し、そこから新しい官僚体制をつくり出し、内外ともの危機的な状況を打破しようとした、というのが一つ。

 もう一つは、この仏教の信仰を持つようになった背景には、仏教に信仰を持った親族、母親などの後押しや影響が大きかったといえるかもしれない。

 仏教信仰は、日本では渡来系の女性から始まったことはよく知られている。

 母親などが仏教を信仰したがゆえに、その子である欽明天皇も自然に、それを受け入れる素地があったのではあるまいか。

  そうでなければ、仏教は朝廷から弾圧され、血を流しながら、下からの革命、庶民たちからの信仰運動として日本を宗教戦争に巻き込みながら、血みどろの運動として歴史を動かしてきた可能性がある。

 だが、そうはならなかった。欽明天皇は、臣下の反対に政治的判断を下し、仏教を強制しようとはしなかった。

 そこには、仏教が政治的な装置としても(政治の政は祭りごと、宗教を意味していた)、当時の古代社会においては機能していたということでもある。(この項目続く)

 (フリーライター・福嶋由紀夫)


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