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交通事故に・・・

 平和統一聯合の機関誌を配布した翌日、ある通りを自転車で走行中に停車中の車のドアがいきなり開き、激突。自転車ごと路肩に叩きつけられ、肋骨、鎖骨、肩甲骨骨折と左側頭部打撲を受傷。直ぐに救急搬送の電話を車の助手席の女性が通報。警察には私が通報して、近くの交番から警察官か自転車で駆け付け状況報告した。運転手は身内の方が大変とのことで、一旦離れるので女性が立ち会い、警察官が飽きれる中運転手に連絡。私はその場から救急搬送で国立国際医療研究センターに運ばれた。自転車は歩道に施錠して駐車したが、ブレーキ周りが変形して激突の衝撃を物語っていた。

 運ばれる車中で救急搬送隊員が状況聴き取りして来るが、意識はハッキリしてるので頭部の損傷は外傷のみで軽くすみそうと思った。しかし、翌日は勤務先に出勤出来ない旨、報告しなくてはと気が焦る。肩の痛みは少し動くだけでも激痛。ましてや咳など、呼吸も浅くなる中、注意しながら、息をするのだが、救急搬送隊員がストレッチャーから病院で移動用ベッドに移すとき、イチニのサン、ズキッ。やむを得ないが我慢、我慢歯を食いしばり辛抱するしかない。

 CT、レントゲン写真、MRI、エコー検査では3カ所骨折と全治2カ月と診断され、担当医が住まいの近くの病院で後の治療を受けるように紹介状を2通持たされた。救急搬送から4時間後、取り敢えず今回の治療費支払うと72000円。持ち合わせが少ないので30000円で覚書を書き、タクシー呼び出して自宅まで帰った。

 思えばこの程度で済んだから良いとも思えたのは、平和統一聯合機関誌を配布した条件が有ったから命は取り留めたのかも知れないと思い直し、感謝して、固定された肩のベルトの上から動ける右手で、すまないねーと擦って、痛み止めを服用。

 寝返り打てず、眠りに落ちたのは夜も更けて深夜2時。小用も不便、自炊男子の包丁も使えず、パック食料品を開けるに一苦労。右手でこなす家事に左手がどれだけ有り難いか、改めて思い知らされる。五体不満足感。これも体験する事で寄り添う心情圏が拡大出来るのか? 達者なのは減らず口かと、独り言がついつい出てくる。

 何はともあれ事態の収拾には時間が当然かかるので腹を括るしかないなと思うと、固定した肩の周りの骨折の場所から免疫系分泌物が漏れて、汗とまみれて痒くてしょうがない。病院で診察を受け、担当医に痒くてしょうがない旨を伝えると、レントゲン写真では複雑では無いのでコルセット外しても無理しなければ良いとの答え。

 短期間で使ってた軟膏剤は使い切り、以前処方された軟膏剤を探して使用。さて気持ちの立て直し、友人関係に状況報告、整体のお客様にメール、しばらく整体治療無理と通知を送る。お大事にと返信メールが有り難い。励ましのメールや交通事故処理、保険会社とのやり取り方法など、親身に教えてくれる。

 受傷から3週間、生活のパターンは着替えや軟膏塗布の繰り返し、湧き出る分泌物を拭き取り固定する事で肋骨の痛みが薄れ、医師の判断で患者は状況を理解して次の行動に移る基準に成り立つ。これも痛みを伴う社会勉強かと思う。

長々と自らを振り返ったが万事塞翁が馬ととらえて良い方へ思考を巡らす。この間、国や都のコロナ対策で支援金請求など親身に教えてくれる行政書士を紹介され生活費等賄えているのも、人間関係が如何に貴重かを思い知る機会に成ったと思う。

(谷)

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