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『二十一世紀の朝鮮通信使 韓国の道をゆく』 (8) 安東2


 1764(明和元、英祖40)年、書記として通信使に随行した金任謙が書いた『日東壮遊歌』(東洋文庫)をもとに、安東での一行の足跡をたどった。その記述を紹介したい。

●8月12~13日
醴泉→豊山(プンサン)→安東(アンドン)(→太師廟=テサミョ)
ピゴル、ヨッコル二つの墓所に 立ち寄って拝礼する
スェオメ(※1)に住む同族たちが 皆集まり待っている
この地には八代の祖が建てた 三亀亭(サムグィジョン)が今も残り
我が先祖清陰(チョンウム)が住まわれた家には 同姓の同族が住んでいる
ゆっくりする暇もなく馬に乗り 豊山の站(※2)へと急ぐ
奉化(ポンファ)の者に急いで整えさせた 茶菓と昼食をたり
オレの墓所を過ぎ 安東府中へ入る
安東は大都会 我が家の祖先の地である
人々は富み栄え 城内も立派である
同姓の衙前らが ときおり訪ねてくるが
もともと同根であり 人情も厚い
通信使がここに来た時は 昔から饗宴を設ける慣わしだが
今年は凶作(※3)のため 特に中止となった由
前例にならい一日逗留 音曲など楽しみ日を送る
太師廟(※4)に参拝した後 この地の館(※5)へ行き
詩を一首次韻 夜に入って退出する

※1、慶尚道安東郡豊山面の素山(ソサン)のことか
※2、休息をとるための施設
※3、この年は旱魃と大水に交互に見舞われた。使節一行が出発する半月前にも、雨で農作物に被害が出た南部地方を王自ら視察し、農民を慰問している。 ※4、高麗時代に建てられた「三功臣廟」のこと。
後三国時代の930年、朝鮮半島の統一をめざす後高句麗(のちの高麗)と後百済の間で雌雄を決する戦いが古昌(コチャン、安東)で行われた。このとき、安東の三始祖の 一人、幸(ヘン)は高麗・王建の勝利のために尽力した。この功で権の姓を与えられるとともに、大相の称号も得たという。幸とともに王建についた安東在住の金宣平(キムソンピョン)、張吉(チャンギル)もそれぞれ大匡、大相の称号を与えられ、それぞれ安東金氏、安東張氏の始祖となった。それら三人の始祖たちは、現在も安東市内にある三太師廟に祀られている。
※5、安東府城内の客舎のこと。三使が宿泊したとみられる。

●8月14日 安東 → 暎湖楼(ヨンホル) → 一直(イルチク) → 義城(ウィソン)
早暁に出立 暎湖楼(※1)を見物し 流れを船で渡り 一直で馬の給餌をする義城で宿泊
※1、高麗の恭愍王がこの楼を訪ね、舟遊びをしてほめ称え、自ら名付けた

朝鮮通信使関連史跡

・棣華亭(チェファチョン) = 通信使一行が昼食を食べた場所
・雄府公園の永嘉軒(ヨンカホン) = 高麗建国の3人の功臣を祀った位牌堂
・暎湖楼(ヨンホロウ) = 餞別の宴を行った場所。眼下の川では舟遊びも楽しんだ


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【転載】『二十一世紀の朝鮮通信使 韓国の道をゆく』(朝鮮通信使と共に 福岡の会 編)

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