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『二十一世紀の朝鮮通信使 韓国の道をゆく』 (8) 安東1


 安東は両班(ヤンバン)の里といわれる。両班とは高麗、朝鮮王朝時代、官僚を出すことができた最上級身分の支配階級。両班という言葉の本来の意味は、朝廷で儀式などが行われる際、そこに参席しうる現職の官僚たちを総称するものであった。
 両班たちの生活信条として最も重んじられたのは奉祭祀、接賓客、すなわち祖先に対する祭祀を欠かさず丁重に行うことと、親族のものや友人をはじめとする訪問客をねんごろにもてなす ことであった。

 両班は婚姻関係を通じて結合するとともに、学問を通じて結びつきを深めた。安東では、朝鮮第一の儒者、「海東の朱子」(海東とは朝鮮のこと)、李退溪(イテゲ)の存在は絶大で、陶山書院で後進を指導し、いまでいう学閥の形成に決定的な役割を果たした。門下には秀吉の時代、通信使副使として来日した金誠一(キム・ソンイル)、国王・宣祖を宰相として支えた柳成龍(リュ・ソンニョン)など時代を動かす人物が輩出した。
 観光地として人気を集める河回村は両班の里。大きな邸宅がひしめき合う。豊山もそうで、16世紀段階の在地両班層は、奴婢を用いた直営地経営を手広く営んでいたことを偲ばせる。「安東は大都会」。そう評価される安東は、学問の盛んな豊かな都市で、通信使を迎え饗宴も盛大に開かれた。内陸にありながら、蛸の大消費地。というのが蛸を「文魚」と書くからである。文に秀でるよう、縁起を担いだのであろう。ただ、儒教を国教とする朝鮮王朝時代、厳しい身分制によって下層民は抑圧され、悲哀を味わった。しかし、両班など知識階級の醜態を笑い 飛ばす安東仮面劇の隆盛に、おおらかな気風を感じる。
 通信使餞別の宴を行った映湖楼に立って、市街地を眺めると安東は水都でもあるという印象をもつ。周辺には標高500メートル前後の山が多数存在しているが、在地両班層はこうした山間部の平地帯に進出し、農地開発を積極的に推進したという話を聞いた。


◎リュ・シウォンと柳成龍

 安東の河回村を訪ねると、ある家の前にツアー客が殺到している光景を幾度となく見る。表札には、兄弟の名前が記されており、その一人が「柳時元」である。リュ・シウォンと読む。人気俳優の居宅である。『フィリーング』でデビューし、『プロポーズ』『美しき日々』など、トレンディドラマ全盛期に活躍し、歌手、司会、カーレーサーなど多才な俳優として話題を集めた。
 彼は、朝鮮王朝時代の宰相・柳成龍の13代目子孫である。柳成龍はドラマ『チンビロク (懲毖録)』で、国王・宣祖を支える左議政として、存在感を示した。
 河回村の一角には、柳成龍の記念館があり、展示史料を見れば、彼がどのような人生を送ったか、知ることができる。この記念館の建物は、両班の邸宅のような重厚さがある。ドラマ『ファン・ジニ(黄真伊)』でもロケに使われている。
 河回村から、それほど遠くない場所に、柳成龍の屏山書院がある。風水地理説から、選ばれたのだろう。屏風岩と川、砂地の河原、書院の瓦屋根の美しさが光る。ドラマ『チュノ~推奴~』をはじめ、多くのドラマのロケ地になったと聞いた。春、桜の頃。秋、紅葉の頃、河回村、屏山書院は風情のある趣きを醸しだす。
 柳成龍は激動の時代を生きた。秀吉の侵攻に遭遇し、国王を、国を守るために奔走する。それを描いたドラマが『チンビロク』である。チンビロクとは、漢字で懲毖録と書く。『詩経』にある、「予(われ)、それ懲(こ)りて、後の患(わざわい)を毖(つつし)む」からとってきた。その意味するところは、自分自身が以前に経験して懲りたことにてらして、後の災禍を予防するために毖む、となる。後の世の教訓として、書き残した書である。
 この書には、秀吉軍の侵攻で、朝鮮がいかに被害を被ったか、各地から戦況が逐一入ってくる官僚の立場から、その様子を細かく描写している。当時を知る上で、貴重な歴史書である。


 1894年、甲午改革によって身分解放が行われ、両班特権の廃止が宣言された。しかし、朝鮮王朝時代から続く両班への上昇志向はいまだに根強く、むしろ拡大する傾向にあった。その端的な例として、族譜編纂事業が盛んなことだ。族譜はほとんど明らかな両班の同族のみで作成されていたが、現在では同姓同本(本貫と姓が同じ)の人々を網羅するようになり、収録範囲は非常に広がった。その結果、多くの人々が自己を両班家門の末裔と認識するようになった。

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【転載】『二十一世紀の朝鮮通信使 韓国の道をゆく』(朝鮮通信使と共に 福岡の会 編)

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