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言葉の持つ背景


言葉の持つ背景

 私は東北の福島県生まれだが、東京に上京してから昔は時々、東北弁をからかわれたことがある。要するに東北独特のズーズー弁であるが、福島弁は東北の秋田弁や青森の津軽弁などに比べると、東北弁色はあまりないといっていい。

 とはいえ、発音がなまっていたことは間違いなく、時にはそれがコンプレックスだったことを覚えている。特に、コメディアンの加藤茶や佐藤B作、西田敏行は同じ福島県なので、テレビの番組などに出ているのを見かけると、やや複雑な気持ちになった。

 しかし、誤解されないように言っておくが、私はあまり福島弁をふだんからしゃべらない。しゃべらないというよりも、しゃべれないと言った方がいいかもしれない。その点については、東京で知り合った知人友人からよく、「なまりがあまりないね」「標準語だね」と言われていた。

 これは標準語をしゃべるように努力をしたわけではない。むしろ私が人との交流をうまくできない対人関係の問題(要するに引きこもり的な性格)、それとテレビを見たり本ばかりを読んでいたため、どうしても標準語的な言葉遣い、抽象的な観念で物事を考える性格からきているといえるかもしれない。

 それは自分の書いている文章や詩などを見ると、他の人に比べて感覚的な匂いや音声、風土の訛りのようなものがないことからもよく理解できる。要するに人と向き合うダイアローグではなく、自分自身のモノローグになりやすいのである。

 言葉は、人間関係をつなぐコミュニケーションがその発生のルーツだから、その人の持つ言葉の世界は、そのまま人間関係の物差しになり、対社会的な関係性の反映であり、また地域社会のコミュニケーションツールである方言などの要因となっている。

 そのことを拡大すれば、人間関係が希薄な人間は、どうしても言葉が抽象的な標準語的になってしまうのである。

 それは、今の若者文化をみればよくわかるのではないか。地域社会の人間関係があまりなく、テレビないしやパソコンなどで、ゲームやバーチャルな世界で引きこもって対話していると(メールだけの会話も含む)、どうしても符丁的な言葉や絵文字のような言葉を使い、自分たちだけで通用する言葉(絵)で会話するようになってしまう。

 そして、それは相手の世界と対話するというよりも、相手と会話しながら、自分の世界とモノローグしている傾向を持ち、結局、本質的に相手とまじりあうことがない気がする。

 われわれが発する口語の言葉の背景には、生まれ育った郷土の生活文化がある。言葉は生きた地域の文化を体現した無形の文化遺産といっていい。

 それが無くなっていくことは、郷土文化や先祖につながるアイデンティティーが無くなることであり、故郷が意識から希薄化し、喪失していくことにもつながるのである。故郷の地にある墓参りをあまりしなくなった背景には、こうした故郷とのつながりの希薄化があるといっていい。

 そして、この方言が日本に無くなっていった背景には、日本が近代化していくための政府の政策や方針があったことは間違いない。近代化とは、技術や教養、文化の均質化や平準化によって推進されていかなければ発展していけず、地方人たちが集まったときに、共通の会話ができない。

 それこそ機械の設計図や理論の理解が方言などによって阻害されてしまい、異なる地方出身者が一つの目的に向かって共同体としての意識を持ちにくいのである。明治維新以降の近代化政策は、この日本人としての共同意識、アイデンティティーの醸成のためになされていった面がある。

 それこそ、文章語(旧かな)から口語への移行も、こうした近代化の要請の中で、意識的に作家やその他学校教育などで行われた。東京帝大をはじめとする大学などの設置は、学校教育の改革という側面よりも、西洋列強の技術と文化に追いつき、富国強兵を旨とする国家プロジェクトの一環だったのである。

 西洋の知識の伝授、最新技術の習得という面がもちろんあったが、それ以上に国民国家としての均質的な人間づくり、要するに、各藩意識という分権的な日本国家を中央集権の国家として生まれ変わらせるための政策でもあった。

 現在の日本文化、標準語はその結果生まれたものだが、こうして近代化が進み、文化が均質化すると、個人の背景、すなわち生まれ育った故郷が背景となっていた絆、アイデンティティーが脆弱になり、さまざまな問題の温床となっていく気がする。

 極端にいえば、家庭内暴力や事件、いじめなどの問題も、こうした自分の背景となる郷土意識の希薄化も原因の一つとしてある気がする。共同体としての意識がなくなれば、どこかに他を排除し、自分の身を守るという意識、悪い意味での排外意識ともなっていくのではないか。日本の在日外国人の問題、移民政策の問題にも、それはつながっていく気がするのだが、ここではこれ以上は論じない。

 (フリーライター・福嶋由紀夫)


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