記事一覧

2023年NHK大河ドラマ 徳川家康

 最近、知人と話していて少しばかり驚いたことがある。
 NHK大河ドラマの話題だったが、来年のドラマ「どうする家康」について話していた時に、知人によれば、大河ドラマで家康が主人公になるのは、これまで1回しかなったというのである。
 徳川家康というと、あまりに有名であるために、何度か取り上げられているイメージがあるが、実際は単独の主人公としては頻度が少ないということだろう。
 調べてみると、確かに1983年に滝田栄が家康を演じた回のほかは、徳川将軍家の三代を描いた2000年の「葵 徳川三代」で、家康、秀忠、家光とともに3人で描かれたぐらいである。


 だが、頻度が少なくても、徳川家康のイメージが強い印象としてあるのは、同じ戦国時代の武将、織田信長や豊臣秀吉が主人公の回の時には、脇役で必ず登場するからだ。
 戦国武将で人気のあるのは織田信長だが、その信長にしても、それほど取り上げられてはいない。
 比較的に一番多そうのは豊臣秀吉であるが、それでも主人公としては2回、その他正妻のねねを描いた1981「おんな太閤記」の1回ほど。


 こうしてみると、人気の高い織田信長、豊臣秀吉、徳川家康がそれほど取り上げられていないというのは不思議である。
 それだけ、小説や演劇、映画などでよく演じられるために、オリジナリティーを打ち出すことが難しいせいかもしれない。
 それでも、他の時代に比べて戦国武将の3人のスターが意外と輝いているのは、戦国時代という激動の時代が様々な面で、魅力的な時代でもあるからだろう。
 戦国武将の成りあがりは、そのまま会社経営や人生観を学ぶ教材として取り上げられるし、自己の能力で下剋上を果たしていく姿は、立身出世を目指す一時代の猛烈社員としての生き方としても通じるところがある。
 もう一つ、家康があまりスポットライトが当てられないのは、成功者だったという点もある。
 家康に比べると、織田信長や豊臣秀吉は一時的な成功者であっても、最期や末路が悲劇的であったということがある。
 日本人は成功者よりも失敗した人物に共感し、哀悼していく傾向がある。
 たとえば、「判官びいき」と呼ばれるような源義経がそうである。
 武将としては戦上手だったが、政治や人心掌握に関しては兄の頼朝よりも劣り、そして最期は味方であった藤原氏に裏切られた。
 その悲劇的な死が、政治家として鎌倉幕府を開いた兄の頼朝よりも、人気を集める要因となっている。
 このような判官びいき的な見方は、忠臣蔵や大久保利通よりも西郷隆盛への同情などにも投影されているといっていい。
 歴史上、徳川家康は成功者であり、しかも、江戸時代という平和な時代を切り拓いた政治家でもある。
 その姿勢は、無理をしない、自然に熟柿が枝から落ちるように待つという姿勢にも通じている。
 戦国武将としては、勇猛果敢な武将ではなかったが、負けないようにして最低引き分けに持ち込む、そして生き延びることを最善とした。
 その意味では、織田信長のような華やかな生き方ではなく、また、秀吉のようにカリスマ的な人たらしの魅力があったわけではない。
 だが、経営者として見るならば、堅実かつ持続的な会社の維持に長けた有能な人物となるだろう。
 と同時に、戦国時代の生き方と平和な時代の生き方を分けて考えることができて、戦時には生き残るためにチャレンジし、そして天下を取った後には、自分だけではなく子孫繁栄のために布石を打った。
 その一つが、長子相続であり、どんなに能力があろうがなかろうが、長子を相続の継嗣とした。
 実際、三代将軍の後継者選びには、家康のツルの一声によって、能力的に優れていた弟に傾いていた跡継ぎを家光に決定した経緯がある。
 能力を中心で後継者を選ぶと、それが後々の範例となり、下剋上的な風土を生み、そして、徳川幕府の基盤を揺るがしかねない火種となる恐れがあった。
 戦国時代の気風そのままが能力主義となり、そして、弱肉強食という争いの元となってしまう。
 それを知悉していた家康は、血統的な長幼の序を整えることによって、争いの元を断ったのである。
 能力主義というのは、能力至上主義、強欲的な資本主義の精神とも通じるものがあり、その時代は一過性として成果を挙げる。
 だが、長期的にみると、それが格差社会や会社の盛衰となって、人心が離れたり、経営者の没落となっていく。
 その意味で、能力のある弟の方を後継者にすれば、後にその思想が乱世や下剋上の種とることを徳川家康は危惧したのである。
 兄弟の争いは、派閥の争いとなり、そして、下剋上による乱世となって、主君をないがしろにして自ら取って代わろうとする野心の萌芽となる。
 平和を維持するためならば、固定的な秩序、長子相続が一番、無難といえるのである。
 これは日本的な経営だった年功序列にも通じるもので、乱世の戦国時代ならば、能力のあるリーダーが重要になるが、平和の時代には秩序を重んじた長幼の秩序がベストとなるのである。
 もちろん、これはマイナス点もあって、進取の気性が失われ、保守的となり、先例主義となり、そして、停滞となる面がある。
 そうした面があることは確かだが、それはある意味では、どんな局面でもありうる欠点と言えるだろう。
 徳川家康には、忍耐のうちに成功した苦労人としての含蓄のある言葉が多い。
 その一部を紹介する。
 「人の一生は、重荷を負うて遠き道をゆくがごとし。急ぐべからず」
 「勝つことばかり知りて、負くること知らざれば、害その身に至る」
 「堪忍は無事長久の基、怒りは敵と思え」
 「世におそろしいのは、勇者ではなく、臆病者だ」
 2023年の大河ドラマの家康がどのような描かれ方をするか、今から興味深いものがある。
 (フリーライター・福嶋由紀夫)

関連記事

コメントは利用できません。