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韓(朝鮮)半島の「分断70年」を乗り越える年2015


 今年2015年はいろいろな面で日韓関係における節目となる年である。戦後70年となる年であり、日韓国交正常化50年となる年である。「朝鮮通信使」を通して秀吉により壊れた日韓関係を修復した徳川家康の没後(1616年没)400年となる年でもある。今年、韓国では「光復70周年」を大々的に祝賀する予定である。
 一週間が七日であるように「七」は何かが一巡する年となる。一つの区切りとなる数だと言えるだろう。
 韓(朝鮮)半島の近代史を見ていると、韓(朝鮮)半島に住む人々にとって1945年は光が再び輝く年、「光復」ではあったが、二次大戦後、水と油のように分かれた民主主義国と共産主義国の対立が始まる年でもあった。1945年2月のヤルタ会談で既に米ソの葛藤が始まっていた。冷戦の始まりである。北緯38度線を境に、北の日本軍はソ連軍が、南の日本軍はアメリカ軍が武装解除した。1946年3月、民主的朝鮮臨時政府の樹立という目的で米ソ共同委員会が設けられ、冷戦体制のなか、米ソの対話がときどき中断しつつも一年半ほど続くが、1947年10月、ついに完全に決裂する。1948年8月15日、南では米軍政が廃止され、大韓民国が樹立される。北では同年9月9日、朝鮮民主主義人民共和国が成立し、12月26日、ソ連軍は北から撤収する。南北分断が固定化してしまったのである。
 1950年6月25日、六・二五動乱(朝鮮戦争)が勃発する。六・二五動乱は単なる国内戦争ではなく、冷戦を代理した戦争である。米軍を中心とした国連軍の参戦による国際的な戦争であり、後には中国義勇軍が北側に参加する。「革命の祖国、ソ連は守らなければならない」と考えるソ連は、対米戦を回避して表立っては参加しなかった。ヨーロッパにおける社会主義を強化するための時間稼ぎにつなげるためでもあった。1953年7月27日に休戦協定が米中と北朝鮮の間で結ばれ、六・二五動乱は休戦となった。南北分断は六・二五動乱後という見方が一般的だが、分断は冷戦の落とし子であり、それが1945年から始まったので「分断70年」とも言えるのである。
 「分断70年」を迎え、「戦争」で分断された韓(朝鮮)半島の運勢が「一巡」し、「平和」的に再び統一される年であると言えるだろう。物的交流、人的交流を推進していき南北の平和統一に対する一層の雰囲気醸成が必要とされる。
 平和統一聯合の創設者、文鮮明総裁は「南北が分断されたという事実は、大韓民国の国民たちにのみ過ちがあって分断されたのではないのです。それゆえ南北韓の統一は、大韓民国の国民たちの力だけではできないようになっています。強大諸国家が南北統一に対して協助を行うことができるようにする道を開かなければなりません」(『神様の摂理から見た南北統一』七四四頁)と話し、今までアメリカ、日本、中国、ロシアに南北統一の基盤を築いてきた。国際的基盤を確保して、南北統一を成し遂げうる2015年としたい。


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