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キリスト教と西方見聞録


先回、マルコ・ポーロの『東方見聞録』と中国元の時代にキリスト教の東方伝播の可能性について触れたが、実はマルコ・ポーロとほぼ同時代に中国からヨーロッパ・ローマへ向かった景教(ネストリウス派)の僧侶たちがいたという記録がある。
これは冗談ではなく、本当の話のようだ。ただ、マルコ・ポーロのような有名な話ではなく、歴史の一ページを飾るエピソードである。
那谷敏郎著『十三世紀の西方見聞録』(新潮社)によれば、中国の元の治世下、大都の郊外に2人のウイグル人景教僧が住んでいたという。
古代中国で景教が大流行したことは唐の時代、長安に「大秦景教流行中国碑」が建てられたことはよく知られている(もちろん、景教側の宣伝のための碑なので、大流行であったかどうかはわからない)。
ただ、唐の時代は異国からの宗教や人々があふれ、それらの人々が都に住んでいたことは、青い目をしたペルシャの舞姫がいた記録があるから、唐の時代以降も、こうした景教の信徒が各地に存在していたことは間違いない。
日本の空海も、密教とともにこの景教の寺に行って教えを学んだという説もあるぐらいで、直木賞作家の陳舜臣の小説『曼陀羅の人 空海求法伝』でも、長安に留学した空海が景教の寺を訪ねる話が出て来る。
その唐の時代から元の時代に下ってからも、おそらくこれらの景教僧が存在していたのだろう。しかも、モンゴルのチンギス・ハーンの出身部族(母方という説がある)は景教徒であったという。
そのような背景があれば、元のフビライがマルコ・ポーロを通じて、キリスト教と本山であるローマに使節を派遣してキリスト教の司祭を派遣してくれることを願ったとしても、そう不思議ではないだろう。
唐の景教が流行した時代から、はるかな時間が経っているために、景教の信仰がどのようになっていったのか、それは鎖国した日本の潜伏キリシタンの例を見るまでもなく、かなり劣化したか変質したか、かなり原型とは違っていったことは考えられるのである。
2人のウイグル人の景教僧は、年長がサウマ、若者がマルコスといい、『十三世紀の西方見聞録』によれば、熱心な修行僧だったという。マルコスは、若者の熱心な信者によくあるように現状に飽き足らず、キリスト教の本山へ巡礼したいという熱に浮かれてサウマに告げた。
「もし私たち二人が西方へ旅だてたらどんなにすばらしいでしょう。多くの聖人や殉教者のお墓にお詣りできるし、うまくゆけばイェルサレムの聖墳墓の前で、今までの我々のあらゆる罪を懺悔し、その赦しを乞うこともできるでしょう」(同書)
最初は反対していたサウマもやがて折れ、2人は西方へ向かうことを決意。が、周囲の景教徒たちは危険であることで反対したが、2人の決意は固かった。
2人は大都を出発し、苦難の道をたどりながら、最初はバグダッドに向かった。というのも、細々とはいえ、そこに景教の第57代総大主教(法主)に会ってその祝福を受けるためだった。
キリスト教の教義論争に敗れたネストリウス派の信徒たちは、シルクロードをたどりながら、東方へ布教の道を開始した。
そのため、各地にまだ景教の寺院が点々とし、その拠点としてバグダッドなどの寺院が存在していたのである。
だが、ヨーロッパに布教の進路を取ったキリスト教の隆盛とは違い、東方へ向かったネストリウス派の景教は、各地でその成果を上げるが、やがて、セルジューク朝トルコの勃興によって、その勢力が圧迫を受けて衰退していく。
2人のウイグル人景教僧は歓迎を受けるが、イェルサレムに向かうには、イスラム教徒による脅威を避けなければならなかった。訪問を予定していたキリスト教国家のアルメニアも、セルジューク朝トルコの軍門に下り、大アルメニアは滅んでいた。
それでも、グルジアまで行ったが、そこで挫折し、バグダッドへ再び戻った。これを神の計らいとして、喜んだ法主は、2人を説き伏せて、中国へ戻ることを説得する。
中東では、もはや景教の存在がイスラム教の圧迫によって風前の灯となったため、2人を大主教に任命し中国へ逆に派遣し景教の勢力の拡大を願ったのである。
2人は難色を示したが、風雲急を告げ、景教の法主が急死して、その後継者にマルコスが選ばれてしまうのである。色々な思惑があっての政治的な任命だったが、それほど景教の衰退は避けられなかったということだろう。マルコスは悲劇の中に身を投じ、サウマはマルコスと別れてヨーロッパに向かい、そこでローマ法王と謁見する。
サウマはマルコス法主を支えながら、ヨーロッパで景教布教に活躍するが、やがて、故郷の中国に帰ることなく客死した。
事実は小説より奇なりという言葉が当てはまるほど、この2人のウイグル人景教僧の運命は大きく変転する。ローマのカトリック、ギリシア正教、プロテスタントがヨーロッパで発展したのに対し、ネストリウス派のキリスト教は以来、歴史の中に埋もれていったのである。
(フリーライター・福嶋由紀夫)


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