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善意の人・ベートーベンの誤算


善意の人・ベートーベンの誤算

 音楽を好きになるのは、人それぞれだが、高校生あたりで音楽が好きになって、バンド活動をする人は少なくないだろう。私の高校生時代は、それこそ、タイガースやその他のグループサウンドの全盛期で、様々なバンドが活躍した。

 私の同級生も、バンドを結成し、活動をしていたらしい。校則では禁止されていたが、時々、コンサートを開いていたようだ。ようだ、と書くのは、当時、私はそうしたグループサウンドに関心がなかったので知らなかったからである。

 ただ、友人に聞くと、そのグループは地元では割合知られていたようで、東京の芸能事務所から上京しないかと勧誘を受けていて、高校を中退して上京するかどうか、悩んでいたらしい。

 実際、地方の高校生バンドの中には、東京の芸能事務所から誘われてデビューしたケースもあったようだ。だが、そんな夢を抱いて上京した中で、本格的にデビューする例は少なく、だいたいはそのまま大都会の闇に埋もれてしまうか、故郷へ夢破れてUターンするのが普通だったといっていい。

 私の高校のバンドグループは、幸いというか、結局、上京しなかったが、その決断が良かったかどうかは、本人たちに聞いていないのでわからない。ただ、上京しなかった、という決断を後悔したことはあっただろうと思う。

 人生には、自分の行く道が二つに分かれていて、どちらの道を進むのか、自分で決断しなければならないことがある。どちらの道を行くかは、その未来の結果がわからない限り、賭けになる。大なり小なりそうした決断が、その後の人生を変えてしまうことは確かである。

 私は中学生の引きこもり的な体験から現実逃避的に、毎日図書館に通って本ばかり読んでいたので、もともとは音楽には関心がなかった。むしろ静かに読書をする時間が邪魔されると思っていた。

 その私が音楽について考えを改めるようになったのは、大学生の頃だった。そのころ、私は自分の下宿にはほとんど帰らず、友人たちの部屋を転々としてそこを宿泊場所としていた。そこで、ご飯をご馳走になり、グダグダとおしゃべりをし、騒いでいた。思い出すだけで顔から火が出るような恥ずかしさを感じるが、若いときの友人関係には、大なり小なりそういうことがある。

 その友人の中に、ちょっと気取った趣味をもっていた人物がいて、やたら自分の知識教養をひけらかした。部屋には、書棚があり、多数のレコードがあった。しかも、クラシックのレコードだった。確か、音楽談義になって、議論になった。おそらく私が友人のクラシック音楽の趣味をバカにしたせいだろう。

 ふだん温厚だった友人は、少し興奮してまくしたてた。

「お前にクラシック音楽のすばらしさを教えてやる」

 そういって、友人はヘッドフォンを私の頭にかぶせて強引にクラシック音楽を聞かせた。私はいやだったが、珍しく怒り気味の友人にビビッてしまって、おとなしく耳に流れて来る音楽を聞いた。

 クラシック音楽が好きではないといっても、その曲がベートーベンの交響曲「田園」であることはすぐにわかった。こんな有名な曲を聞かせてどうするつもりだと思ったが、しばらく聞いたふりをしていればいいと思って、そのままにしていた。

 すると、私の思いとは別に、不思議なことだが、ベートーベンの曲が私の身体の感覚器官を突きぬけて、魂の奥に突き刺さっていくようなものを感じた。その時のことは今でも忘れない。

 音楽は私の底にあるのではなく、身体の中で鳴り響いていた。いつの間にか私は涙を流していた。なぜだろう。不思議だった。私の過去の記憶が揺り動かされ、様々なシーンが思い浮かび、消えていった。

 おそらく私が感じたのは、音楽ではなく、その背景にある作曲者の精神世界、メッセージだったのではないかと思う。すなわちベートーベンの生きざまに音楽を通して共振し感動したのだろう。

 その時の指揮者は、カラヤンかバースタインだったと思うが、今では残念ながら忘れている。ただ、後にこの豊かな田園風景を描いた絵画的で色彩豊かな曲でありがなら、当時のベートーベンは難聴で、音を自分が聴くことができなかったと知って、驚いたことを覚えている。

 同時に、この豊かさは、その難聴というハンディがかえって、想像性という羽根を豊かに羽ばたかせたのではないか、という思いをした。

 私は、以後、いくつかベートーベンの生涯についての本(伝記など。その中にはロマン・ロランの評伝もある)を読みふけり、その生涯の苦難と克服、そして、その困難に立ち向かう勇気に感銘を受けた。

 とはいえ、実は私が今でも忘れられないベートーベンについてのエピソードがある。

 それは善意の人・ベートーベンの、その善意の故の誤算である。

 ベートーベンには、仲良くしていた兄がいたが、その兄が亡くなり、後に一人の子供が残された。ベートーベンは何かとこの死んだ兄に世話になっていたので、この兄の子(甥)を立派に育て上げようとはりきった。自分のできること、立派な教育を受けさせるための学校への入学、お金の支援、世話など、なんでもできることはやった。

 傍から見ているとそれは涙ぐましいほどの献身だった。

 しかし、その甥は長ずるにしたがって、ベートーベンの期待とは裏腹に、人間的にだらしなくだめになり、やくざな者になってしまった。そして、こう周囲に言っていたという。

 「叔父が僕を立派な人間にしようとしたから、僕はかえって悪人になった!」

 この言葉ほど、教育の難しさ、善意の押しつけの問題点を感じさせた言葉はない。

 (フリーライター・福嶋由紀夫)


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