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ベーリング海峡を越えたモンゴロイドの旅路


 

ベーリング海峡を越えたモンゴロイドの旅路

 初めて海を見たときの感動を覚えている。

 海は視界を遮るものがない。

 心細く、そして、何か寂しい気持ちになったことを覚えている。

 この砂浜に寄せる波が遠くの方からやってきて、この海の向こうには私がまったく知らない未知の世界があり、そこでは死ぬまで知り合うことのできない国や文化や生活がある。 

 いったいその世界はどうなっているのだろうか。

 私は福島県の内陸部の地方都市に生まれたので、山は家族旅行で温泉地へ行っていたので、山間部については割合よく知っていた。

 その温泉地も、当時は幼児だったためか、どこの温泉へ行ったのかという記憶は抜け落ちているけれど、山の谷間に沿うように長く伸びていた廊下や、硫黄の煙を発していた温泉、そして、高層の温泉ホテルの風呂から見下ろした川のある温泉街、浴衣などを着た人々が散策する姿などを断片的に覚えている。

 その意味では、幼児の記憶をたどっていくと、こうした断片的なピースがパズルのように浮かんできて、不思議な気持ちになってくる。

 おそらくこの時の記憶を誰かに話すとしたら、「そこは長い廊下で、温泉は硫黄の匂いが充満していた。長く風呂につかりすぎてのぼせてしまった」などと、いくつかの断片的なピースをつなげて、一つの温泉をイメージさせるような再構成をして話すようになるだろうと思う。

 もし、これが幼児ではなく、現在の私であれば、温泉地のパンフレットやネットの検索で調べ、自分の体験と照らし合わせながら、きちんとしたストーリー性のある話としてまとめ上げるだろう。

 そして、体験したイメージや断片的な風景を話の流れの中で、話の流れにあてはめながら説明するだろう。要するに、頭の中で、文章的な構成を組み立てて起承転結をなるべく整えてしゃべる。

 これは当たり前のことだが、その骨格をなしているのが言語であり、書き言葉であり話言葉である。

 そうした言語がなかったら、おそらく正確に相手に伝えることは難しいだろうと思う。幼児の私が温泉地に語るように、イメージのピースとピースが脈絡なくつなげられて、当初の話とは別物になってしまう可能性がある。

 前に語り部について記したが、その語り部が部族や氏族、民族の伝承を伝える根底にあるのは、言語の体系がある程度整っているということが前提になっている。

 前の語り部の話で引用した司馬遼太郎の同僚の語り部も、出雲地方の言語文化で、訓練され脈絡のある伝承的な言語として代々伝えられたのだろうと思う。

 もちろん、それは文章によるものではないので、主観的に言葉がふくらんだり削られたりするはずだ。

 そして、いつのまにか少し時代特定や固有名詞を特定しにくくなる、それこそ「神話」的な潤色が自然になされていく。個人的な作品ではなく、民族全体の精神を体現するような叙事詩として語り部の伝承は伝えられていくのではないか。

 そのように感じるのも、最近、10万年前(これも推定になるだろうが)、アフリカから民族移動したモンゴロイドの先祖が、中東、アジア、朝鮮半島の付け根を経由し、シベリアからベーリング海峡を渡って北米大陸に定着したネイティブのアメリカン・イロコイ族の語り部が残した本に出合ったからである。

 本書におけるその語り部の伝承は、アフリカからの話はほとんどなく、具体的には少なくとも1万年前、アジアの地から旅立つところから始まる。

 ポーラ・アンダーウッド著『一万年の旅路 ネイティヴ・アメリカンの口承史』(1988、翔泳社)。

 この本はイロコイ族が1万年の間、語り部が伝承してきたことを本の形にしたのだが、それは伝承が失われることを恐れた著者が、文書の形で残すことを決定したからである。

 もちろん、人から人へ伝承するということは、その伝承者が生きていなければ伝わらない。死んでしまえば、そこで終わりである。

 1万年の間、そうした危機的状況もあっただろうが、意外と血統的なものではない語り部的な役職・職制としての聖なる役目の継続性は、部族や氏族・民族全体が保護し、守り、そして次の世代への伝達しようとする強い意思があるから、その部族や民族が滅びない限り、残っていくということは十分考えられる。

 イロコイ族は、そうした生存競争の中で生き延びて、北米に定着したがゆえに、伝承も生き延びたのである。

 ただし、もしそのままの伝統が続いていたとすれば、文書ではなく、語り部から語り部へと伝えられる形態をとり続けていたのに違いない。

 語り部が人に伝えるべき内容を文書にするということは、伝統的な宗教や文化を否定してしまうことにつながるからである。

 前に紹介した司馬遼太郎の同僚の語り部も、文書にはしないで一子相伝で子供に伝えていることを強固に守っているからだ。それは信念や信仰というものに近い。

 ならば、なぜイロコイ族の伝承者である語り部は、そのようなタブーを破ってまで文字として記録を残そうとしたのか。

 ここには、イロコイ族の信仰の転換という事件がある。

 すなわち、イロコイ族にキリスト教が伝わり、従来の因習的であるとされたイロコイ族の固有の伝統的な文化や風習が、そのキリスト教の教えに反するということで、すべてを否定しようとしたからだった。

 シャーマンは抹殺され、そして、語り部も抹殺されようとした。そこで、語り部はその追及から逃れてイロコイ族のネットワークから離れて、ただ伝承を守る者として生きようとした。

 だが、伝統文化や部族や氏族の保護が無くなってしまえば、やがて、日本の潜伏キリシタンのように、代々伝えられるにしたがって初期の姿を失ってしまう危機がある。

 伝統というのは、故人ではなく集団で守り伝えるからこそ、原型的なものが保存され伝達されていく。

 個人だけになってしまうと、それが全体で訂正されたり変更したりすることがなく、集団の合意から外れて、個人的なイメージの断片的な神話となっていく。

 そこで、語り部は文字の形で、書き残そうとしたわけである。

 それゆえに、語り部が伝えられた内容は、文字以前(言語以前)の内容もあるためか、きわめて理性的な文章的構成をもっていないし、固有名詞もなく、ただモンゴロイドの旅路の数々で遭遇した出来事とそれを越えて来た知恵などが集団的なイメージの中で、神話的な物語として語られている。

 知の巨人と呼ばれている立花隆は、「アドベンチャー物語として読んでも面白いが、それよりも、この物語全体は一族の学んだ『知恵』の物語として構成されており、そこがいちばん面白い」と述べているのは興味深い。

 (フリーライター・福嶋由紀夫)


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