記事一覧

黄七福自叙伝「朴烈の大逆事件のこと」


 

黄七福自叙伝15

「ああ祖国よ 我れ平壌で叫ぶ時 祖国は統一」

 

第1章 祖国解放までのこと

朴烈の大逆事件のこと

一九二三年(大正十二)九月一日、関東大震災がおこり、朝鮮人暴動の流言が広がって、多くの朝鮮人が虐殺された。

その混乱に乗じて、黒祷会代表の朴烈と妻の金子文子が「保護検束」という形で検挙された。

その朴烈と金子文子の夫婦は、世にも恐ろしい大逆事件の実行犯に仕立てられていくのである。

大逆事件というのは、天皇、皇后、皇太子等を狙って危害を加えたり、加えようとする罪で、そのような罪を犯したものは問答無用に死刑だった。

その経緯は、「大逆事件を中心とした朴烈君の断面については、筆者が、朴烈君渡日直後の不当断髪事件以来、雑誌『不逞鮮人』の発行にも、黒友会の運動にも、直接間接の協力関係を有して、大逆事件の弁護となり、以来二十四年の親交を獄中にも持続して今日に及んでゐる」 と述べる布施辰治(弁護士)の著した記録に詳細に紹介されている。

その本は『運命の勝利者 朴烈』というタイトルで、布施辰治、張祥重、鄭泰成の共著となっており、世紀書房から出版されている。

「従来大逆事件の刑事記録は、一般弁護人の謄写権を制限し、裁判所から記録を作製して、弁護人に貸与し、事件終了後、貸與記録取上げ、大逆事件の記録は、絶対に民間へ残存せしめないといふ方法をとっておるといふことである。朴烈君の大逆事件記録についても、同様の方法がとられたのである。だが筆者は、弁護資料として、裁判所の貸與記録返還請求を断念してもらい、これを保存していたため、大逆事件を中心とした朴烈君の断面を描く本書を論述することができたのである」

というその弁護記録を読めば、植民地時代の日本の警察が、朝鮮人をいかに狡猾に虐待したかが瞭然としてくる。

その中から印象に残った箇所を紹介してみよう。

 

◇生かすのも天皇の勝手だよ。殺すのも天皇の勝手だよ。生かしおくことが刑罰なら生かしおくがいいさ。殺すことが刑罰なら殺すもいいさ。しかし、それはあくまで天皇の勝手で、俺は天皇の勝手になりたくないね。日本の天皇から恩赦だなんて恩を着せられる義理もなければ、 理由もない。ただ俺は俺の呪いたいやうに、生きてゐれば生き霊になり、死ねば死霊になって天皇を呪うだけで、そんな恩赦令などといふものには用がないね。

◇俺は保護のために検束されたので、犯罪を突きつけて調べられるために検束されたのではない。保護のために検束した俺に対し、警察官に犯罪を取調べる権限は発生してゐない。法によって保證された権限をもってのみ、犯罪を取調べることのできるのが警察官の立場であらう。また法によって保證された警察官にのみ犯罪を取調べられるのが、国民の義務である。法によって保證せられない警察官から、法によって保護されてゐる俺が、犯罪事件を取調べられる義務はない。

◇「職業は?」「雑誌発行人」「雑誌の名称は?」「太い鮮人」「その意味は?」「日本の官憲は、俺たち朝鮮独立運動者のことを、不逞鮮人といふから、その不逞鮮人と語呂の通ずる太い鮮人といふことだ」

◇「位階、勲章、従軍徽章、年金、恩給または公職を有するや?」「そんなものを俺にくれた覚えがあるといふのか」「刑罰に処せられたことありや否や?」「勝手に検束や拘留の弾圧を受けたことはあるが、正式に刑罰などを言渡されたことはない」「被告は内地の言葉に通じてゐるか?」「内地語などといふことは知らないが、日本語ならよく知ってゐる」というて当初から朝鮮併合の祖国強奪に抗議してゐる。

◇俺は朝鮮に生れて祖国を奪はれたため、こんなところに拘束されてゐるのだが、実に不愉快だ。しかしそれは 弱いからである。けれども、いくら日本の国家が強からうと、権力が笠にかからうと、弱い俺のいいたくないことをいはせることはできまい。俺は同志に関することはいはぬことに決めてゐる。

◇俺が俺らの事件に関することだけはいふといふのは、問いに対して答へるといふ意味ではない。調べを受けて事件を明らかにするといふ意味でもない。俺の祖国朝鮮を強奪した強盗日本に対する憎悪の感情を、君の問いに沿うて、日本の国民、日本の天皇に知らせたいからである。

◇「俺のかういふことは、俺のいった通りに書くといふことを約束しろ。俺のいうたことを書記が勝手に、聴いた通りに書かなかったら、判事が俺のいうたことを、勝手に解釈した言葉をもって、書記に書かせることには反対だ。すべて、俺のいうた通りそのまま書くこと、書いたものを後を読んでみて、間違いがあれば、いつでも訂正させることを條件として承知するなら話して聴かせる」といふのが朴烈君の予審における法廷態度であった。

◇裁判官は、日本の天皇を代表して法廷に立つのだから、自分は朝鮮の民族を代表して法廷に立つのである。日本の裁判官が日本の天皇を代表するといふと、法冠を戴き法衣を纏ってゐるが、俺も朝鮮の民族を代表する立場において、朝鮮の王冠を戴き、朝鮮の王衣を纏ふことを許されたい、といふのが第一の條件であった。

◇第二の條件は、自分が法廷に立つ趣意をまづ第一に宣告させろ、といふことである。これは被告として法廷に立つのではなく、朝鮮民族を代表して、日本が祖国朝鮮を強奪した強盗行為を弾劾するために、法廷に立つのだから、裁判官が日本の天皇を代表して、朴烈君の質問に答へよ、といふのが第二の條件である。第三の条件は、日本語は使いたくない。朝鮮語を使はしてくれ、朝鮮語でいいたい、といふこと。第四の條件は、日本の法廷が日本の天皇を代表するといふので、裁判官が高い所にゐる。日本の天皇に裁かれる被告は低い所におかれる。だから俺はその被告と違ふのだから、朴烈君の席を判事の席と同等に高めてくれ、といふ要求であった。

◇筆者の仲介的折衝により、第一條件の、王冠を戴き王衣を着けて法廷に立つことは同意させたので、朴烈君の被告服装は、朝鮮の王冠を戴き、王衣を纏うたものである。第二條件の、被告として法廷に立つのではなく、朝鮮民族を代表して法廷に立つのだといふ主張も同意させて、堂々とこれを宣言したものである。ただし、第三条件の朝鮮語を話すことは、通訳を入れると判って事が面倒になり、意を尽せないからといふので撤回し、第四条件の、被告席を判事と対等にするといふ問題は容れてやりたいが、世間がうるさいから我慢してもらいたいといふ、裁判長の立場を察して撤回したが、かくまで断乎たる被告態度をとった法廷闘争は、まづ稀にみるといってよいのではあるまいか。

◇俺は死といふことを怖れてゐない。国家がいかに強いの、権力が恐ろしいのといったって、死刑より以上のことができるか。俺を殺すことより以上のことができるか。俺はその死刑を恐れないんだ。俺は殺されても構はないんだ。だから俺の方が、死でもって脅かす国家の権力よりも強いんだ。殺されることを恐れない者ほど強い者は、この世の中にないといふことを悟るがいい。

◇よし、一歩退いて汝らのいふ通り、俺たちの祖国朝鮮が、合法的に併合されたのだとしても、併合された後の朝鮮がどんな目に逢ってゐるかを考へたら、併合したことの誤りを悟らなければなるまい。にも拘らず、一旦併合したからには分離独立絶対相成らんといふ汝らのいい分は一体なんといふ理屈だ。最初から、強姦的に併合しておいて、和姦呼ばはりしようとする汝らの肚の黒さよ。汝らはかくして、いはゆる合意的日韓併合を断行すると同時に、俺たちの世界的活動を防止するために、堅固なる砲台とカーキ色の杭をもって朝鮮半島の周辺を固め、朝鮮半島をそのまま監獄にしてしまったなア。お前らは陰険な策略と残忍な剣と脅迫とをもって俺たち朝鮮民族の完全なる滅亡を計ってゐるが、俺たちは汝らのあくなき帝国主義的野心の犠牲となるために生れて来たのではないぞ。俺たちに與へられた唯一の運命が、お前たちのしたい三味に玩具にされることではないぞ。

◇俺たちはかかる残忍なる運命に対して絶対に復讐することを誓うぞ。俺たちは汝らがした暴虐とともに、この悪魔のごときやり口を限りなく呪ってゐるぞ。赤い血を吐いて斃れるまで反抗して闘うぞ。俺たちは犠牲にされても、ただ犠牲にされないぞ。俺たちは滅ぼされようともただ滅ぼされないぞ。必ず復讐するぞ。汝らがいかに厳重なる取締りをしようとも、俺たち朝鮮三千万民族が完全に滅亡されてしまふ最後の一人まで、俺たちの復讐戦は継続するぞ。否、汝らの圧迫が激しくなればなる程俺たちの胸の中に燃える抗争の意識がますますハッキリ燃え盛って行くぞ。俺たちの復讐戦をますます猛烈に展関するぞ。

◇汝らのある者はいふ。「朝鮮民族は日本民族と、同根同族同志なるがゆゑに独立の必要がなく、また、独立の意義がない」と。なんといふふざけた暴言だ。なるほど朝鮮民族と日本民族とはある意味において、確かに同根同族であるにちがいない。しかし、そんなことをいふたら、生物学的にいふ虎も、犬も、蛇も、雪隠蟲も、ペンペン草もみな等しく、俺たちの同根同族であるといふことにならう。また、化学的成分からいへば、泥砂岩石も同根同族であるといえよう。しかし、汝らは、その同根同族なるゆゑをもって、それらのものが汝らの生命を脅威する場合、ペスト菌とも同根同族、毒蛇猛獣とも同根同族だといって握手提携することができるか。そんなことはできまい。お前らは同根同族の日本人間においてさへ弱い者いぢめをしてゐるのではないか。俺たち朝鮮人も弱いからいぢめられるのだ。同根同族だからいぢめないといふ理窟とはまるっきり意味が違うのだ。

◇汝らのある者はいふ。「人間の戦ひは部落と部落との戦いから、国と国との戦いに、民族と民族との戦いに進化して来た。そして今はその戦いの範囲が拡大されて人種と人種との戦い、殊に白色人種と有色人種との戦い、西洋人種と東洋民族との戦い、殊にヨーロッパ人種とアジア人種との戦いになったのだから、白色人種が今にも襲来してくる隙を狙はれないやうに、有色人種、アジア人種は同根同族たることを覚り、小感情の軋轢を排して一致団結しなければならない」と。

だが、しかし、現に俺たち朝鮮民族は、同根同族であるといふ汝らから、あの遠い白色人種の帝国主義的襲来に対する脅威よりも、よりもっと切迫してゐるひどい迫害を叩きつけられてゐるのではないか。従って俺たちは、まづ何よりもこの問題を根本的に解決しなければならない。しかるにお前らは、何よりも重大なるこの問題に解決を與へないで、単に同じ人種であるといふ理由のもとに、俺たちに一致団結を強ひることは、かくすることによって、その征服者としての位置を一日たりとも長く保持せんとする汝らの、あくなき帝国主義的野心の発動による一種の悪戯である。俺たちは何もかかる悪戯の犠牲とならなければならない所以はない。

◇汝らのある者はまたいふ。「日韓併合は東洋平和の確保のためにやむを得ない」と。けれども、考へて見ろ。そのいはゆる東洋平和の確保のために強奪した日韓併合がいかに東洋平和の撹乱の原動力となってゐるかを悟れ。しかもそれは汝らが、わが朝鮮半島に対してその帝国主義的野心を全く放棄しないかぎり、また、汝らか、俺たちか、そのどちらかが、或いは諸共に完全に滅亡してしまはないかぎり、永遠に続く争いであることを考へろ。

◇日本政府が朝鮮人の滅亡を計る経済的企ての最も大きな現れは、東洋拓殖株式会社の設立である。日本人や日本政府は政治的にも、経済的にも、社会的にも、朝鮮人の持ってゐた特権をことごとく奪ひとって朝鮮民族の滅亡を企ていたことは今まで話して来た通りだが、経済的に搾取される朝鮮こそ実に気の毒で、俺たち学生にも見てゐられないほど酷いものであったが、経済的な搾取振りは、朝鮮人の持ってゐた土地を勝手に日本人の名前にしてその日本人が東洋拓殖株式会社へ売渡してしまった。昔からの土地の所有者だった朝鮮人は知らぬ間に自分の土地を奪ひとられてゐたといふことである。

◇その理由を詳しくいふと、東洋拓殖では極めて性の悪い日本人土地ブローカーを幾人も朝鮮へ連れて来て、朝鮮人の土地所有名義を勝手にそのブローカーどもの名前にしてしまったのである。勝手にといったのは、そのブローカーどもが朝鮮人の判を偽造したり、名前を偽ったりして自分の土地所有名義に書き替へたといふことを意味するのだ。そして、その名義者から東洋拓殖では正当に買ったといってゐるが、そんなブローカーどもに土地を売った覚えのない朝鮮人が名義者を調べようとすると、そんな人間はどこにもゐない。もう日本に帰ってゐるといふやうなことで、文書偽造や土地詐欺の刑事告訴をしても検事局では受入れられない。民事裁判を起さうとしても相手がゐないから取上げられないといふやうなことで有邪無邪にされ、東洋拓殖は立派に登記してある名義人から土地を買ったのだから会社に何の手落もないといって、朝鮮人の土地を掠奪した実例がどれだけ多いか知れない。

◇自由は力とともに来るものであることを知れ。己の権利をつくってくれるものはただ己の力であることを知れ。権力の強圧を憎み、自由を愛する俺たち無産無力の者が当然とるべき行動は直接行動である。先にもいった一揆、暴動、反乱のごときはその最も有効有力なる手段である。けれどもそれはある程度まで人心が既に動揺して来て国家の規律や権威に弛緩を生じ、また社会的情勢が混乱して来た時代ないし舞台を必要とする。少くともそれは現在の日本内地におけるがごとく、息のつまるやうな圧制をそのままにしてゐる現段階ではだめである。すこしは無産者の息が吹き抜けるやうな社会的情勢の混乱と、国家規律の弛緩を惹起したのちにのみ暴動叛乱は行いうるのである。


関連記事

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

ピックアップ記事

  1. 2018.11.20

    サムルノリ演奏で日韓親善 熱海梅園で日韓の架け橋を

    「日韓パートナーシップ宣言」から20周年を記念し、韓国伝統楽器演奏による「第4回...
  2. 2018.11.3

    【岡山県】京都歴史探訪バスツアー

    去る9月29日、平和統一聯合岡山県本部では、結成13周年記念行事として、台風24号の襲来から遠ざかる...
  3. 2018.10.16

    2018年 韓日・日韓家庭特別集会 韓日一体化の模範となる家庭を

    南北首脳会談によって、北と南が急激的に近づいている情勢の中、10月11日済州島で...
  4. 歌

    2018.10.10

    音楽という言葉・身体・意味

    かつて、ラジオ番組で、よく聞いていたのが歌謡曲の番組だった。
  5. コラム

    2018.9.27

    自国と他国の比較文化論

    日本人は外国から自分たちがどう見られているのか、常に気にしているようだ。