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黄七福自叙伝「最後に 祖国の偉人・文鮮明師との出会い」


黄七福自叙伝81

「ああ祖国よ 我れ平壌で叫ぶ時 祖国は統一」

最後に

祖国の偉人・文鮮明師との出会い

私の人生の最後の願い、それは祖国の南北平和統一である。同じ民族同胞でありながら血で血を洗う戦争をして来た悲劇、三八度線で分断された悲劇を終わらせること、それしかない。

これまで、私が述べてきたように、北朝鮮の平壌で、何の拘束もなく、自由に叫ぶことができる日。

それこそが南北の平和統一の日であると信じている。

その日の空は、秋のどこまでも抜けるような青空が広がっていて、その日を祝福するように澄みきっていればなおいい。

―わが人生に悔いなし。

その日には、そう心から叫ぶことができるだろう。

それがはたして実現できるか、どうか。

それは今の段階では誰にもわからないかもしれない。

けれども、私はその日が近いと信じている。その日を今から待ち望む気持ちでいっぱいである。

これはわが地上での人生の総決算であり、韓民族の血を受け継いだ子孫として果たさなければならない義務であると同時に宿願である。

それで思い出されるのが、祖国の偉人・文鮮明師との出会いである。私が文鮮明師のことを知ったのは、一九七六年九月十八日にアメリカのワシントンで開催された三十万人大会の席上だった。

その当時は、今のように韓国が世界の中で輝かしい経済力と国力を持っていた時ではなく、むしろ東洋の黄色人種の国として軽蔑され無視されていた時代だった。

そのような空気のなかで、文鮮明師は堂々とみずからの信念を表明し、韓民族の栄光を表した。

私はその姿に感動し、それ以来、統一運動を注視するようになった。この運動ははたして本物なのか、それとも偽物なのか。

見聞きするにしたがい、またその信者の人たちとふれあうにしたがい、これは間違いなく祖国統一を果たしうる団体だと思うようになった。

私が南北平和統一を掲げる平和統一聯合に関わるようになったのは、それが嚆矢となっている。

そして、会長として、二年間の任期を務め、今は第一線からは退いているが、名誉会長として関わり続け、陰ながら運動を支えようと思っている。

最後に、この記録が祖国統一の苦難の歴史の一部となり、資料となり、その激動の時代の一民間人の証言ともなれば幸いである。

韓民族が恩讐を超えて再び三八度線で相まみえ、平壌でわれ叫ぶとき、すべての所願を成就することを信じて、この筆を置くこととする。


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