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歴史探訪ツアー「茨木市キリシタン遺物史料館と広隆寺」を訪ねて


 第8連合会は、11月20日大阪府茨木市千提寺にある「キリシタン遺物史料館」と京都市右京区太秦にある「広隆寺」を訪ねるツアーを開催した。参加者は在日コリアン・韓国人・日本人を含めて総勢30人。秋の季節を楽しみ、遠い歴史に思いはせながら、南北統一の決意を新たにした。

キリシタン遺物史料館公式WEB
 一行は、名古屋駅を午前9時に出発し、名神の茨木インターを降りてから北に向かって30分ほど細い山道をバスで走りながら定刻の12時に史料館前に到着し、野外で紅葉を見ながら昼食をとったあと、史料館を見学した。
 史料館は小さな一軒家屋であったが、この地でキリシタン遺物発見の始まりとなった「墓碑」の写しや、歴史の教科書でおなじみの「聖フランシスコ・ザビエル画像(写真)」、「マリア十五玄義図」などの絵画、「キリスト磔刑(たっけい)木像」などの彫刻、「木製十字架」や「メダル」などが展示されている。このような遺物が発見された背景には、1573(天正1)年に高槻城主となった高山右近と関係がある。
展示物を見学する参加者
<展示物を見学する参加者>
  摂津国三島郡高山庄(現:豊能町高山)に生まれた右近は、12歳でキリスト教の洗礼を受け、後にキリシタン大名と言われるようになる。その影響で三島地方はキリスト教信者の一大中心地になった。しかし、キリスト教の力が政治に及ぶのを恐れた豊臣秀吉は1587(天正15)年にキリスト教の布教と信仰を禁止させ、後の徳川幕府も「禁教令」を発布し、右近にも信仰を捨てるように命じた。しかし右近は現実の地位や名誉、財産よりも信仰を取ったゆえに、領地も財産も権力も奪われ、最後にはマニラに追放され生涯を閉じた。1873(明治6)年に明治政府がキリスト教の禁止を解くまで、この禁教令は続いた。右近が追放されてから、キリスト教はこの地では消滅したかと思われていたが、1919(大正8)年に千提寺の山中で十字のついた「墓碑」が発見され、それ以降、キリスト教に関する遺物が次々と発見された。信者は、禁教令の中で仏教を信仰しているように見せながら山間部で隠れるように信仰していた。

 史料館を後にし、一行は次に亀岡経由で「広隆寺」に向かった。嵐山の近くともあって、見事に色づいた紅葉が一行の目を楽しませた。
広隆寺
広隆寺【京都市観光文化情報システムWEB】
広隆寺には、仏像だけでも国宝が17体、重要文化財が31体もある。この寺は818年と1150年に火災にあって創建時の諸堂はことごとく失われたが、それにもかかわらず、これだけ多くの仏像が護られてきたことは、奇跡に近い。新霊宝殿と言われる所には50数体の仏像が安置されていて、一行は一度に参拝することができた。
 その中にひときわ美しい、宝冠弥勒の名で親しまれている弥勒菩薩半跏像がある。国宝1号に指定された優美な弥勒像である。弥勒菩薩は56億7000万年後にこの世に現れ、人々を救うという未来仏。半跏像は右手の指を頬に近づけ、まっすぐに下ろした左足に右足首をのせて、衆生の救済方法を思案している姿。聖徳太子が秦河勝に授けた仏像は、この宝冠菩薩とされていて、赤松で造られているため、朝鮮半島からの渡来仏であるといわれている。
 またその隣には、もう一体の国宝の弥勒菩薩半跏像が安置されていている。幾分憂いを含んだ表情をしているため、「泣き弥勒」の名で知られている。この仏像も朝鮮半島からの渡来仏であるとする説がある。『日本書紀』によれば、623年(推古31)7月新羅の使節が来朝して、仏像1体および金塔と舎利を献上とされているが、その証拠として、「これらの献上品のうち仏像は蜂岡寺(広隆寺)に安置し、その他は四天王寺に納めた」と記述されている。
 ツアーの参加者は、「7世紀の聖徳太子の頃は、朝鮮半島との関わりが深かったことを実感した。」「迫害や追放を受けながらも、自らの信仰は何ものにも侵されないとする彼らの不屈の精神を教えられ、私たちもこの精神を相続して、南北統一への決意を新たにした。」と感想を述べた。


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