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『朝鮮ブーム 街道をゆく ~大坂から江戸、日光へ~』 おわりに


 

おわりに

 2017年10月31日、朝鮮通信使のユネスコ世界の記憶(記憶遺産)登録を受けて、福岡では全国に先駆けて慶祝イベントを開催した。11月5日の「日韓交流文化祝祭」がそれである。伝統芸能の殿堂、能楽堂で日韓のアーティストが共演し、集った500人以上の観衆は記憶遺産登録を喜んでくれた。この祝祭に合わせて、「朝鮮通信使と共に福岡の会」を旗揚げし、市民に入会を呼び掛ける冊子『21世紀の朝鮮通信使』を製作した。
 この冊子も、2号=韓国の道、3号=海路をゆく(西日本編)とつなぎ、今回が完結編の「朝鮮ブーム 街道をゆく」(東日本編)にたどり着いた。
 長い道のりである。これを実感しているのは、朝鮮通信使訪日400年記念として2007年から始まった朝鮮通信使ウォークに参加されている日韓の健脚家であろう。2年に1回、通信使がたどったソウルから釜山、大阪から東京、約1100キロを踏破している。4月1日ソウル出発、5月23日に東京到着というハードな旅である。通信使一行と同じように1日30キロ前後歩く。この体験をまとめた『朝鮮通信使を歩く』を見ると、沿道でいかに歓迎されたかが如実に感じられる。彼らが偉大なのは、歩くことによって通信使の精神である日韓友好を実践していることである。
 通信使は、秀吉の蛮行で断絶した日朝の国交修復を象徴する使節として、1607年に初来日した。それにより、200年余り、日朝間に平和の時代が続いた。通信使は朝鮮国王の国書を携えた外交使節であるが、日朝の懸け橋として、友好親善はもちろん文化交流にも貢献した。
 秀吉の朝鮮侵略で、その後の両国間はすっきりしなかった。加害者と被害者という関係は、短期間に振り払えるものではない。それを乗り越えて、通信使が往来するうちに、日本のいろんな階層の方々が通信使を熱狂的に迎え入れ、友情の花を咲かせて行く。
 日朝両国の国内事情が悪化したため、1811年の通信使は対馬止まりとなり、最後の出会いとなった。両国には、通信使を継続する意志はあったが、不都合な事態がそれを許さなかった。
 通信使は、現代のわれわれに何を教えてくれるのだろうか。歴史的教訓として。世界記憶遺産に登録されたコンセプトである「平和の使節」といっても漠然としている。そのような役割を果たすために、懸命な努力を重ねた日朝の関係者の姿を想起してほしい。とりわけ、国境の島、対馬藩の役割は大きかった。
 両国をつなぐために、対馬藩は国書改ざんにまで踏み込んでしまった、家光将軍のとき、これが発覚するが、対馬藩はお家廃絶を免れ、家役といえる対朝鮮外交に専念することを改めて命じられた。
 いま日韓の懸け橋、対馬を訪れると、対馬にとって朝鮮通信使が現代でも重きをなしていることが感じられる。通信使の島を自認するほど、物心両面にわたって、整備が進んでいる。
 冊子のタイトルを『21世紀の朝鮮通信使』としたのは、通信使を通じて未来志向の日韓関係を築きたいためである。通信使が日韓の絆を深める、友好関係を確かなものにする。そうなるように、通信使の精神を生かしていこうというのが、冊子(全4冊)の願いである。

※全4冊の冊子は、「朝鮮通信使と共に福岡の会」共同代表の嶋村初吉がすべて執筆したことを、お断りします。

 

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【転載】『朝鮮ブーム 街道をゆく ~大坂から江戸、日光へ~』(朝鮮通信使と共に 福岡の会 編)

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