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『朝鮮ブーム 街道をゆく ~大坂から江戸、日光へ~』 (11)川越


 

なぜ通信使行列が?! 川越商人の心意気

 川越(埼玉県) 唐人揃いパレード実行委員会から、2017年11月12日に開催された第13回大会の報告書が届いた。事務局長を務める小川満さんから、誘いを受けていたが、なかなか参加できない。大会は回を重ねるごとに、にぎやかさを増しているようで、今年は伊豆・小笠原諸島の神津島で亡くなった朝鮮人女性「おたあジュリア」に扮した女性も参加している。おたあジュリアは、秀吉の朝鮮侵略で連行され、回り回って家康に奉公するが、クリスチャンゆえに迫害され、島流しされた女性である。 
 スナップ写真を見ていると、朝鮮通信使行列に「副使」(高官、三使のひとり)として、仁川市在住の朴成培(パク・ソンベ)さんが抜擢されている。かつてサイクリング旅行で福岡に来たとき世話をした友人である。彼は川越唐人揃いのレギュラーになった感がある。今年、通信使を率いる最上位の高官「正使」役は、呂運俊(ロ・ウンジュン)さんである。彼は、1607年に来日した第1回目の通信使・正使だった呂祐吉(ロ・ウギル)の第11代目直系子孫である。
 小江戸といわれる川越市。商人のまちで、古い町並みが残る。江戸が近かったせいか、川越商人は商いの世界を拡げた。長崎貿易で、東インド会社が持ち込んだインドや東南アジアの織物をはじめ海外製品を扱っている。明治維新後、イギリスから糸を輸入して、国産の綿織物を作り出した。いわゆる川越唐桟(とうざん)である。当時、人気商品となっている。
 商人の街であるゆえに、開明的な風土が育まれた。通信使は将軍・家光に要請されて以来、3度にわたり東照宮を遊覧・参拝するため日光へ行く。そのとき、埼玉を通過しているが、 川越のまちには入っていない。
 なぜ、通信使行列があるのか。川越の商人が種をまいているのである。川越の豪商・榎本弥左衛門がその人。明暦元(1655)年、江戸入りした通信使の行列を見て、その感動を日記に記した。それ以後も、川越商人は通信使行列を見ていたのであろう、ついに1700年頃、川越氷川祭礼(川越祭り)に、通信行列を真似た仮装行列「唐人揃い」を組み込んだ。唐人とは、外国人をさす言葉である。川越氷川神社には、『朝鮮通信使行列図大絵馬』が奉納されていることからも、異国の使節、通信使が与えたインパクトの大きさを知ることができる。
 川越市は、2020年開催される東京オリンピックでゴルフ競技の会場となる。唐人揃いは、川越商人によって醸成された多文化共生のまちづくりを、シンボリックに物語るパレードとして、大きな力を発揮するものと思われる。市民にも開明的な風土を再認識されるいい機会となったはずである。

 

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【転載】『朝鮮ブーム 街道をゆく ~大坂から江戸、日光へ~』(朝鮮通信使と共に 福岡の会 編)

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