【東京】『日韓親和のモデル「朝鮮通信使」から学ぶ』をテーマに月例セミナー

【東京】『日韓親和のモデル「朝鮮通信使」から学ぶ』をテーマに月例セミナー

セミナー全体の様子


 猛暑が過ぎ去り、急に秋の気配が漂ってきた8月30日、東京渋谷の公園通り沿いの会場で、東京連合会は『日韓親和のモデル「朝鮮通信使」から学ぶ』をテーマに月例セミナーを開催。山梨学院大学の宮塚利雄教授が講師を務めた。参加者は約80人。

 宮塚教授は、「朝鮮通信使も室町時代の朝鮮通信使、豊臣秀吉時代の朝鮮通信使もあるが、一番有名なのは江戸時代の朝鮮通信使だ」と説明。江戸時代の朝鮮通信使は12回来ているが、1回目から3回目までは回答兼刷還使と呼ばれている。彼らは豊臣秀吉時代の戦後処理と文禄・慶長の役の時、韓国から連れて来られた儒家や陶工などの捕虜を朝鮮へ連れ帰ることを目的としていた。また、儒家がほとんどが帰国した一方、陶工の多くが日本に留まったとされる。

 ちなみに、終戦の時の外務大臣・東郷茂徳は捕虜として連れて来られた陶工の子孫である。終戦間際の外務大臣として活躍した。
 江戸幕府は朝鮮通信使の接待に相当力を入れた。接待に動員された大名は対馬藩、平戸藩、長州藩、尾張藩など行く先々で、中でも
食事にはとても気を使ったようだ。朝鮮半島の人々の財産は牛であるように、牛肉が好まれたようだ。日本からもサツマイモを持ち帰り、飢饉のときに役立ったという。

 「日本と韓国との関係がおかしくなったのは、朝日新聞の誤報が大きい」と嘆かれる宮塚先生。若くして韓国に留学し、檀国大学校大学院経済学科博士課程単位を取得され、亡くなった奥様も韓国人であり、次女の娘さんも最近韓国の方と結婚され、韓国は第二の故郷と語られる宮塚先生こそが日韓親和のモデルではないだろうか。

記事:大越生長

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