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高麗王若光へのロマンをもとめて 大磯から日高までウォーキング

一般社団法人高麗1300が4月26日から4日間、「高麗王・若光ウォーク」(共催:高麗王若光ウォーク実行委員会)を開催し、高句麗系の渡来人が住んだ形跡のある神奈川県大磯市の高来神社から埼玉県日高市の高麗神社までの約95kmを途中史跡や寺社を訪ねながら歩き、29日の午後4時45分にゴールした。4日間の連続した参加者、1日だけ参加する(デイリー隊)も含めて、延べ255名が参加した。

 

2016年4月23日高円宮妃をはじめ馳浩文部科学相、柳興洙駐日大使、谷ヶ崎照雄日高市長ら招待客約180人が参席し、公開された石碑の前で。

2016年4月23日高円宮妃をはじめ馳浩文部科学相、柳興洙駐日大使、谷ヶ崎照雄日高市長ら招待客約180人が参席し、公開された石碑の前で。

 

このイベントは、『続日本紀』に記載されている「霊亀2年(716年)5月16日、武蔵国に高麗郡が置かれ、東国7か国に住む高麗人1799人が武蔵国に移住した」ということを元に、高麗郡建郡から1300年を迎えたこと記念する行事の一環で、官民共に「まちおこし」に取り組んで行われているものだ。

開催にあたり4月16日に事前学習会が行われ、高麗宮司の話やウォークの説明、歴史学習も行われた。4日間の行程を終えた一行は、高麗神社の社殿で「高麗王若光ウォーク到着報告祭」と閉会式を持ち、その後におにぎりや高麗鍋が振る舞われた。

 

高麗鍋

高麗鍋

この「高麗鍋」は、高句麗時代の伝承のものというわけではなく、日高市民の小鷹さんが1300年祭りに向けて地場産業として商品開発したもので、「元祖高麗鍋」と紹介された。味付けは味噌味の豚汁ベースのようだが、現地の野菜や豚肉、高麗豆腐、キムチ、高麗人参が入っていて、日の入りの時刻でウォーキングの後の冷えた体を温めた。

 

報告祭

高麗王若光ウォーク到着報告祭で祝詞が奏上されている様子

 

報告祭では一連の祭礼の後、高麗文康宮司が「未開の地に改めて足を踏み入れていく、そんなの歩みをいったいどんな気持ちで先人たちはこの土地にやってこられたのか」とし、参加者らが実際に歩いて感じた心情の世界を讃え、参加者の労をねぎらった。

高麗文康宮司

挨拶する高麗文康宮司

 

閉会式では、日高市観光協会が「にじのパレード」の紹介と今後大磯と連携して地引網の企画をしたいと述べ、日高市市民生活部産業振興課長が今回のルートと浮世絵師歌川広重(1797-1858)の東海道五十三次に描かれた大磯宿場町の1本松、平塚宿場町に描かれる高麗山の様子がリンクしていることを紹介した。

遠藤隊長

高麗王・若光ウォークの遠藤靖夫隊長

続いてウォークで隊長を務めた遠藤靖夫氏は「このウォークを全国に打って出る大会に育てていきたい」とし、「雨に降られた日も快晴に恵まれた日もあり、そういうのがあるからこそウォークに厚みがでる。今日は爽やかな気持ちでゴールできた」と述べ、関係者らに感謝の意を伝えた。そして事務局から、歴史ルポライターの宮田太郎氏が推奨する大磯から高麗までを結んだ「若光ライン(七国峠、二宮神社、高麗峠)」からあまり離れないようにコース設定をした旨が説明され、道を間違えないように注意したこと、ペース配分をしっかりしたことへの感想が述べられた。

 

4日間参加された西山さん

4日間参加された西山さん

 

千葉県から4日間参加した韓国人のご夫妻は「この日高市のことを初めて知りました。今回のウォーキングはとてもよかったです」と述べ、同じく4日間参加した神奈川県藤沢市の西山さんは「国を求めてこの地を訪ねて行った高麗若光の気持ちを感じたい」としてこの事前説明会からこのイベントに参加し、『陽光の剣 高麗王若光物語』を読み、若光の姿に惚れたと言う。「体力的には大変だったが様々な天候なかでも、若光の精神世界を求めることからはブレることがなかった」とし、無事に達成したことを喜んでいた。

 

今後、5月21日には高麗郡建郡1300年記念式典が開催され、雅楽や市内の小中学生による合唱、ゆかりの市町(下野・常陸・駿河・甲斐)ステージ、航空自衛隊中部航空音楽隊コンサートが行われる。22日には午前10時から高句麗をイメージした色鮮やかな衣装をまとった3000人による「にじのパレード」がひだかアリーナから高麗川中学校の間で行われる。

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