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黄七福自叙伝「司法修習生金敬得のこと」/「民団法曹協会のこと」


 

黄七福自叙伝58

「ああ祖国よ 我れ平壌で叫ぶ時 祖国は統一」

 

第4章 民団大阪本部の団長として

司法修習生金敬得のこと

東京都新宿区に在住する金敬得(二十七歳)は和歌山県生れの在日韓国人二世で、早稲田大学法学部を卒業し、一九七六年十月に司法試験に合格した。

が、最高裁から「帰化しない限り採用は無理」と司法修習生への採用を拒否され、弁護士への道を閉ざされていた。

そのため、民団近畿地区協議会(黄七福事務局長)として、一九七七年三月八日、私は、民生部長の洪正一、宣伝部長の宋政模を帯同し、内閣法制局、法務省、最高裁、日本弁護士連合会、日本新聞記者クラブの順に訪れ、「在日韓国人の基本的人権を無視し、民族的偏見と差別を助長するもので、在日韓国人に司法修習生の門戸を開放してほしい」との要望書を手渡した。

中山正暉衆議院議員がクルマを出してくれて、みずから運転席に乗り案内してくれた。法務大臣の福田一に会い、内閣法制局長官(真田秀夫)にも会った。

それから最高裁判所(藤林益三長官)に行った。

そのときはさすがに威圧を感じた。いろいろ豪壮なビルに何回も入ったが、花崗岩で光る最高裁のビルに入ると、なぜかしら、自分というものをものすごく小さく感じた。

私は分からなかったら恥をかくという思いから、事前に必ず勉強した。

そのときは国際相互主義というものを勉強したが、結局は、「われわれは国籍こそ韓国だが、歴史的背景として、来たくて来たのではない。日本の利用物としてきて、急に国籍が変わってしまった。実質は日本人と同じだ」という持論の披瀝になった。

大阪では金明浩とかが、「団長、日本の法律があるのに、できるのか」と懸念を表明していた。

だから、「神さんを信じる信じないはその人の勝手だが、この世の中で、全知全能の神がなさったことは、人間の力では直すことも作ることも不可能だ。法律とはなんぞや。紙の上に書いた文字ではないか。おのおの自分に有利に、自分を守るために、紙の上に書いたものが法律だ。だったら、人間が作ったものを、なんで人間が直せないのか。悪法でも守る義務はあるが、直す義務もある」という論法が口癖となった。

 

[要望書]

私たちは、在日韓国人の権益擁護と民生安定を図るために組織されている自治団体であります。

このたび、在日韓国人青年、金敬得君が司法試験に合格しながら韓国籍であるために司法修習生への採用を拒否された問題は、私たち在日韓国人社会にあらためて重大な関心を呼び起しつつありますが、このような最高裁判所の措置は、在日韓国人の基本的人権を無視し、民族的偏見と差別を助長するものであると判断せざるを得ません。

ここに、最高裁へ遺憾の意を表すとともに、われわれの見解を表明し、最高裁の公正な配慮を期待する次第であります。

私たちは、在日韓国人の弁護士資格問題については、かねてより関心を寄せ、検討を重ねてまいりましたが、現行の弁護士法が決して在日韓国人を排除するものではないことを確認しました。

現に多数の外国人弁護士が日本での弁護士資格を有し、活躍しており法曹界の登竜門である司法試験の受験資格においても、国籍の制限はありません。

現行の弁護士法の精神は内外国人の平等主義を貫き、弁護士の在野的な性格をも尊重しようとするものであると判断されます。

しかしながら、司法修習生選考の資格条件に、最高裁が「日本国籍を有する者」と求めていることは、民主化されつつある日本の司法制度に逆行するものであり、在日韓国人の国籍変更、職業選択の自由を侵害しようとするものであります。

在日韓国人は、過去の特殊な韓日間の歴史的関係を経て、ここに堅実で、永続的な居住関係を有するに至ったものであり、等しく日本社会を構成する一員として、何ら弁護士活動を行うのに支障をきたすものではないと思われます。

かかる諸点を勘案すれば 、在日韓国人に司法修習生への選考資格を賦与することは、妥当な配慮であろうかと思われます。

最高裁が、この「司法修習生問題」で下す決定は韓国をはじめ韓国人、良識ある日本人、世界の人々が注目するところであり、私たちは最高裁に公正な判断を強く要望するものであります。

 

中央本部は何の助けにもならず、成果だけを中央本部の活動として報告していた。

民団中央本部も三月十六日に最高裁など関係当局に「在日韓国人の司法修習生採用」を求める要望書を手渡した。

最高裁は三月二十三日開いた定例裁判官会議で金敬得を韓国籍のまま司法修習生として受け入れることを決め、併せて韓日地位協定に基ずいて永住権を持っている在日韓国人にも司法修習生採用の道を開くことになった。

ソウルで研修会を開催している最中に、中山正暉議員から電話があって、

「団長、弁護士できたぞ」

という報せを受けた。

そして、新聞発表を見た。帰日すると、金敬得の父がお礼の挨拶にきた。

 

民団法曹協会のこと

私は、民団活動を「左翼と右翼の闘い」という観点でとらえていた。

だから、われわれは左翼に勝利しなければならず、そのためには万端の準備が必要だと感じた。

“敵を知れ”という戦術に照らしてみるとき、左翼は、大きな事件が起きると、手弁当で協力する弁護士がすぐさま構成されていた。

日本法曹協会や青年法曹協会などに所属する弁護士らで、これらは左翼の応援弁護団だった。

ところが、右翼と名のつくものには、そうした弁護士集団は何一つなかった。

文世光事件のときはデモを敢行し、検束された団員や青年らがいたが、そうした民団に関連する事件がおきた場合、その都度、カネを包んで弁護士を探しに歩かなければならなかった。

これでは、左翼との闘いに遅れをとることが必定だった。

で、民団法曹協会を設立する必要を感じた。しかし、これだけの理由では、団員らを説得する理由としては不十分だった。

折りしも、行政差別撤廃運動が全国規模で展開されるようになり、弁護士の活動の場が非常に多くなった。

むしろ、こちらの分野での弁護士集団の構成が緊急の課題だといえた。

交渉の相手は大学卒業の理論に長けた実務者であったが、民団の交渉団は、教育水準が低く、相手に理論負けしてしまい、そのため、テーブルをたたいて、私らの国を侵略して、と大きな声を張り上げて帰るという場面が多かった。

このような交渉では、結局、相手ペースになって何も進展しないというのが現実であったから、私たちのほうも三十六年間の植民地時代のことを前面に出して云々するのではなく、それなりに理論武装して攻撃し、勝利しなければならないと痛感した。

そうした事情を背景に、民団大阪本部は一九七七年三月、韓国民団法曹協会を設立した。

山崎忠志、相馬達雄両弁護士が代表世話人だったが、準備段階の民団顧問弁護士団の団長は、中山福蔵だった。検事上がりの弁護士で、中山正暉衆議院議員の厳父だった。

民団法曹協会の目的は、

①民団本部と各支部に設置されている生活相談室の拡大発展

②韓日弁護士協議会の結成

③出版、翻訳、活動など在日韓国人の訴訟手続きを支援、などである。


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