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県民気質と道民気質


 

島の風1

鄭銀淑著『韓国「県民性」の旅』(2009、東洋経済新報社)という本のタイトルを見て、ちょっと気になったので読んでみた。

というのも、日本人にとっては、「県民気質」というのはごく当たり前の話題なのだが、韓国でもそうなのだろうか、と疑問を感じたからである。

日本では、行政単位としての「県」は、都道府県というくくりでみると、47都道府県もあり、気軽にそれぞれの県についての気質や話題が取り上げられている。食の違いを元にした「県民食」のバラエティー番組もあるほど。

だが、日本の県民性というのは、歴史的に見れば、たかだか明治以来の政治制度であり、その元になったのは藩という制度であり、具体的には「廃藩置県」によって藩から県が置き換えられたものである。

これが単なる置き換えではなかったことは、当初、県にまとめられるに当たって、数藩の藩が統合されたりしたことでも理解できる。

たとえば、私の出身である福島県は、当初10県という多数の県だったが、やがて統合されて一つの県となって成立するようになった。

この廃藩置県の背景には、徳川体制の藩意識を天皇を中心とした中央集権国家にするための措置であり、土地と密着していた藩主と家臣(地元)の切り離しである。

それが大きな混乱もなく行われたのは、背景に武士道精神があったからであり、これは本家の中国の朱子学とも韓国の孝行を軸とした倫理思想とも違う、主君仕える家臣の方の忠誠心を問う儒教的武士道であったからである。

すなわち、将軍や大名という主君に対する忠誠心が天皇に対象が変わっただけで、本質的な部分は変わっていないので、それほど混乱しなかったのである。

そのような藩がまとめられた「県」が47都道府県となって、県民気質が形成されたので、県民気質の起源は意外に新しい。底が浅い県民気質といっていいだろう。だからこそ気軽に話題にできるのである。

ところが、鄭さんの本をみると、この日本の県民気質に当たるものが見当たらず、強いて似たものを想定するならば、「道民性」になるだろうという。しかし、日本の県民性のように気軽に話題にできないとしている。

「韓国では、それが政治的な利害関係につながり、歪曲され、利用されてきたことが少なくなかった。その最たる例が、長らく政治的に優位にあった慶尚道(保守与党側)と、不遇だった全羅道(革新野党側)の対立だ」

要するに、韓国の道は、日本の藩を解消して成立した県とは違って、地域対立の歴史、いまだ前時代の政治的制度(朝鮮王朝時代)を引きずり、それが感情的対立や歴史的な怨念と結びつき、気軽な会話の話題にすることができない(ためらわせる)ということになるのだろう。

その意味では、朝鮮王朝時代の官僚を地方に派遣した中央集権体制がそのまま現在の韓国の気質に反映され、複雑な感情を道民意識を催すのである。

このような歴史の連続性があるかぎり、歴史的な感情が払拭できないので、現在でもなおその対立感情が火山のマグマのようにあって、なかなか問題の解決は難しい。

その意味で、難しい日韓・韓日の相互理解もそのような地域感情に配慮し、県民性や道民性の和合と平和という草の根レベルから始める必要ありそうである。(福嶋由紀夫)


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