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ふるさとは遠きにありて……

ふるさと

 

「ふるさとは遠きにありて思ふもの/そして悲しくうたふもの/よしや/うらぶれて 異土の乞食となるとても/帰るところにあるまじや/ひとり都のゆふぐれに/ふるさとおもひ涙ぐむ/そのこころもて/遠きみやこにかへらばや/遠きみやこにかへらばや」(室生犀星「小景異情-その二」 より)

室生犀星の詩に「故郷」を詠んだものがある。これは学校の教科書に掲載されていたので、私はよく覚えている。というか、この逆説的な「故郷」への憧憬と嫌悪が、なぜか心に深く刻み込まれた。

さて、「故郷」に対する感情は、その人の生い立ちに深く関わり、それによって故郷を慕いながらも帰りたくない、あるいは嫌悪感を感じさせる場所になってしまうのは、自然な感情の発露である。

幼少時、悲惨な体験や生い立ちをしていれば、無条件に懐かしいとは思えないだろう。しかし、父母に愛情深く育てられていれば、故郷は母親の深い愛情がその場所のいたるところに残っていて、そのたびに感慨深いものがあるはず。

その意味では、犀星が故郷に感じるアンビバレントな感情は、犀星の複雑な家庭環境、生い立ちが翳を落としている。犀星は、加賀藩士と身分の低い女性の間に非嫡子として生まれ、生後すぐに寺院に養子に出された過去がある。

このような家庭環境に生まれれば、故郷に対する愛憎は半ばになるのに違いない。そういえば、キリスト教のイエスも、同じような言葉を述べていることを思い出す。イエスが故郷に帰った時、受け入れられなかったために、「預言者は故郷に受け入れられない」という言葉を発している。このことから、イエスの家庭環境も、また幸福でなかったかもしれない。

この8月は、日本ではお盆で帰省ラッシュになり、またお隣の韓国でもチュソク(旧暦8月、新暦で9月)も民族移動というほど都市部から地方への移動が始まる。この両国の帰省ラッシュは、基本的先祖を祭る祖霊信仰から来ているが、日本の場合は仏教の信仰習俗と交わり、韓国では儒教の先祖崇拝が背景にある。

同じような祖霊信仰に思われるが、よく考えると、若干違っている。日本のお盆は、仏教に古来の精霊信仰が習合したようなもので、施餓鬼をして地獄に落ちた霊を慰める仏教的なものと山間に住む先祖を篝火やナスやキュウリで馬を作って迎える精霊信仰が習俗として混じりあっているといっていい。

精霊は先祖でもあるが、半ば自然の神霊であり、ふだんは山間に住んでいて、お盆などの特別な期間に子孫の家を訪ねてくる。祖霊と精霊はあまり区別されていず、漠然と故郷の山地にいるというものなので、直接の死んだ近親者の場合は、お墓に行ってお参りすることになる。まだお墓にいて、自然の精霊に化していないのである。

それに対して、韓国などのチュソクは、お墓詣りという側面よりも、先祖にそのルーツを求め、その功績や事跡を称え、みずからもその子孫であることを確認する儀式(アイデンティティーの確認)であるといっていい。

日本の精霊のような自然神ではなく、氏神のように自分のルーツを形成する父母につながる血が濃い先祖霊であり、あくまでも長男を主宰者として、祭らなければならない存在である。

同じようにお墓参りをするにしても、そこには強い帰属意識が生まれる韓国のチュソクと自然の懐に抱かれるような休息を感じる日本のお盆とは、やはり根本的な違いがあるといっていい。

(フリーライター・福嶋由紀夫)


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